楽しい出会い

大坂が天下の台所と言われていた時代の話です。
辰吉とおゆうというとても仲の良い夫婦がいました。二人はまだ30になったばかりだが息子3人、末娘1人の子供達がいた。
その当時の大坂は船をつける為の工事がまだあちらこちらでされており治水工事も併用してされていたが嵐などがくるとすぐに氾濫する危険性がかなりあった。
 辰吉は橋を作る大工だった。そして若い精悍な彼は村の自然災害時には堤防の俵を積んだりする青年団的な仕事もしていた。
あと僅かで橋も完成というタイミングに夏祭りがあり、丸一日休みになった辰吉は家族総出で祭りに繰り出した。
子供達は暮らしが楽ではない事がわかっているので何もねだらない。
辰吉はこんな時くらい何か買ってやりたいと思い子供達に飴を買ってやった。

祭りの前日の夜、達吉はおゆうに 「おゆう、お前には本当苦労ばかりかけるね。申し訳ないと思っているよ。でもおまえのオヤジさんである親方に親のいない俺を引き取ってくれて仕事のイロハをたたき込んでくれただけでなく、大事な娘のおゆう、お前を嫁にする事を承知してくれるとは思わなかった。ウチの両親が死んだあと、家に引き取ってもらった10才の時、初めておまえを見た時から大好きだった。そのおまえを嫁にできただけでなく子供まで産んでくれてほんと、俺は幸せもんだ。」

おゆうも最初からタイプだったようだ。幼いころから好き同志でそのまま夫婦になり真面目に懸命に生きていく。 この時代では当たり前のようだが、お互いが尊敬しあい、良いところを認め、まっすぐに自分達の為に生きているのは以外と少なかったようだ。

「例え今死んでも俺は悔いはないよ。いや、それはまずいな。子供達を一人前にしないとな、ハハハ」

「そうですよ、貴方縁起でもない!」 

しかし、不幸は突然やってくる。祭りの日の夜、大嵐に見舞われ、堤防決壊の危機に村の若い衆達と俵を積み上げ、作業をしている中仲間の一人が土嚢の崩れに流され、それを助けその際に流れてきた流木に激突し、仲間を助けなくなってしまった。

突然の夫の死に完全に生きる屍となったおゆう。みるみるうちに衰弱してしまった。

親方であるおゆうの父は、「辰吉、おゆうの夢枕にたってどうか励ましてくれ!」

それが効いたかどうかは定かではないが、どうやら本当におゆうに夢枕にたって

「おゆう、俺は底抜けに明るいおまえが大好きなんだ!どうかお前らしく生きてくれ頼む!!!」

「おまえが好きな男ができて再婚しても先に逝ってしまった俺は恨まないし、おまえと子子供達を不幸にしようとする輩がいれば必ず助けてやる。だから俺の好きな明るいおゆうでいてくれ!」

次の日、知ってか知らずか、下の二人の扇吉とおすずが、

「ちゃんがくれた飴が食べたい」、さすが大阪の子供、ちゃんがくれた飴だから

「飴ちゃん」とふたりが雨の日に亡くなって忘れたくない雨、と父からもらった飴どちらも忘れたく思いからでた言葉だった。

おゆうは飴をお守り代わりにいつも持ち歩いていた。

それが、大阪のおばちゃんがカバンにいれて持ち歩く元祖になったんですよ。

因みに飴ちゃんとなずけた子供二人の名前から できた会社が扇雀飴本舗ですよ!

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